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Android、行動経済学、ガジェットなどが好きです。日々感じたことなんかを書きます。

食について思うことと、内モンゴルで食べたレバー

はじめに

ファミリーマートのフォアグラ入り弁当が悪質なクレーマーによって発売中止になったという話題は記憶に新しいですが、僕も食については少し思うことがあるのでそれについて書いてみたいと思います。

内モンゴルで食べたレバー

中国の内モンゴル自治区の草原に行ったときに生レバーを食べました。現地の人が飼っている羊をその場でナイフで刺して殺して、レバーの部分を取り除き他は丸焼きにしていました。その取り除いたばかりのレバーはまだ羊の体温があり、僕たちは普段何気なく肉を食べていますが命を食べるということはこういうことなんだと改めて思いました。

過剰なベジタリアンの傲慢

ここでいう過剰なベジタリアンとは健康のためや個人の好みベジタリアンになった人のことではなく、反肉食の主張をしてなおかつそれを押し付けようとするベジタリアンです。

人間の分業によって隠された食の流通

内モンゴルのレバーのように食というものはほとんどの場合命を食べるということですが、人間は分業によって発展してきたので現代においては自ら狩りをしたり農耕をしたりといったように生きるために必死になって食を手に入れるということをしなくても生きていけます。反肉食という考えはそういった食に関わる仕事をしなくても食を手にすることの出来る人たちの傲慢な主張だと思います。そんなに肉食がいやなら肉食動物を全部殺してしまえばいいじゃない。

反肉食の人はどこからどこまでの生物がだめなの?

あまり詳しくないですが生物の成り立ちは単細胞生物に始まり、菌類・植物・動物と分かれていったと思います。そして植物と動物の中間のような生物もいたり動物にしても知能の差がありますがどこからだめなのかと考えると反肉食の人の主張は破綻する気がします。鯨?牛?犬?鶏?蛙?ミミズ?海月?ミドリムシ?…

本当の空腹の経験

高校生の頃、僕は本当に死んでしまいそうなくらいの空腹を経験したことがあります。僕はそこそこ厳しい部活に所属していたのですが、その日はとても寒い日でトレーニングの後血糖値が急激に下がり歩けなくなるくらいに疲れていました。具合が悪いとか疲労感があるとかではなく一番つらかったのがその空腹です。這うようにしてコンビニに行って糖分を取ったのですが、僕はここが日本のように食べたいときに食を手にすることの出来る国で良かったと本気で思いました。

過剰にグルメな人の傲慢

ここでいう過剰にグルメな人は「こんな物食べられるか」とかいいそうな人のことです。

これも食の流通が隠れているから産まれた傲慢

過剰なベジタリアンのところでも書いたようにこれも食の流通が隠れているから産まれた傲慢だと思います。食に娯楽性を持たせていることは否定しません。現代においてはそれもありだと思います。でもそれで食べ物を粗末にするのはやっぱり傲慢ですよ。世の中にはトウモロコシの粉末をお湯で煮込んだものを主食にする人たちもいる訳ですからね。

食べ物を粗末にするのに食通ですか?

僕は本当に食べ物を粗末にする人が嫌いです。お願いランキングとかで食について点数をつけるくらいならまだ良いです。テレビとかの食通を名乗る人とか身近なところにも多いと思いますが、出された食事をまずいと言って捨てるようなことをする人は食の大切さを知らないのに食通を名乗る傲慢な人だと思います。

食のこだわりを押し付けるのはやめて

天ぷらは塩、コーヒーはブラック…いや、いいじゃんなんでも。日本で出る食事にまずい物ってほとんどないし好きなように食べれば良いじゃん。マナーのある物はもちろんマナーを守って。

クチャラーはしんでくれ

クチャラーはしんでくれ

終わりに

食についてはいろいろ思うことはあります。今回はその中でいくつか書いてみました。まあ否定肯定いろいろあると思いますがやっぱり食事は楽しくしたいですね。