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58FLOW

Android、行動経済学、ガジェットなどが好きです。日々感じたこと、ちょっとだけ役に立つかもしれないことなどいろいろ書きます。

精神衛生とモルモット

精神衛生が清潔に保たれていないと世の中のことだとか学問のことといったような大層なことを考える余裕もできないわけで、それが保たれているときとそうでないときとではSNSから流れてくる玉石混同の情報の波の中から何かを思考して発信する力というのは明らかに違ってくる。


ここで言う精神衛生の定義(この文章内での定義)としては日頃感じるようなストレスや一喜一憂する感情のことではなく、プライドやコンプレックスのように環境や文化に影響を受け人格形成に少なからず影響を与える心理のことで、いわば承認欲求とほぼ同義と言っていいかもしれない。


世の中の所謂成功者や人生を楽しんでいる人というのはその精神衛生が清潔に保たれているか或はそもそもそういった概念とは無縁の人であるように見えるので、正直な話うらやましかったりもする。とは言えかつての自分もそうであったように思うし、常日頃マイナスの感情に襲われるわけでもなく何かの引き金によって不意に暗闇に閉じ込められたかのようにひどい精神衛生に陥ることがある。


これによって何が問題かと言えば、はじめに書いたように思考と発信のモチベーションが上がらないことと、もうひとつはその引き金を避けるような選択肢を取ってしまうことだ。理論的に正しいのは逆だと知っていても、引き金を避ける方を優先してしまう。


こういった類いのことは、精神衛生が常に清潔である人はおそらく心理学の古典から読み進めたところで実感することはないと思われるので、自分自身がモルモットとしてそういった感情に出会ったことを一興のものとして考えてしまえば多少の納得感は得られるので、ひとまずはそれ以上の深い部分については触れないことにしようと思う。